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米国の運転免許証の話 [アメリカ事情]

現地では有名な話だけれど、同時多発テロの犯人が判明したとき、その犯人の多くがバージニア州で(それも我々が住んでいた所に結構近い)自動車試験場(DMV)で免許を取っていました。

それで6年前よりもずっと免許証をとるのが手続き上面倒くさくなっていました。
なにが面倒臭いって、身分を証明する書類をあれこれ用意せねばならなかったことです。

でも、そんなことより、私にとっては英語で書かれている問題を解くことの方大変でした。
問題は4択式なので筆記の必要はないのですが、英語嫌いの私にとっては英語を読んでいるだけでくらくらしてくるのです。

州によっては日本語版の問題を用意してくれているところもあるそうですが、あいにくバージニア州には日本語版はありませんでした。

実は、私、前回のアメリカ暮らしでは試験に落ちちゃったんです。
あまり準備していないうちに、夫に連れて行かれ、私はその日受けるつもりがなかったのに、
夫が「ためしに一緒に受けよう」ってかなりしつこく誘うので、つい受けちゃったんです。

規則の書いてある本もちゃんと読んでいなかったし、英語の能力も低かったので、
結果は見事の失敗!ちゃんと準備していた夫は合格‥

そしたら あいつ(夫) は取れた免許を私の目の前にちらつかせ、私のことを笑いよったんです!

二度と受けるものかと、そのとき誓いました。

そのトラウマがあったので今回もDMVへなかなか足が向きませんでした。
でも取締りが厳しくなっていたので仕方なく勉強して受けに行きました。

ただし今回は勉強してちゃんと準備をしていきました。
このとき役に立ったのがDMVのホームページに用意してあるサンプルテスト。

ちなみに私は標識と知識分野それぞれ40回ぐらい受けていきました。
おかげさまで実際の試験問題の8割はサンプル問題と同じ内容だったので、なんとか受かることができました。

ちなみにそのホームページは http://www.dmv.state.va.us/dmvweb/kats/sne_intro.asp です

ファーストネームをいれてスタートをクリックするとサンプルテストを始められます。
正解してくれると「Correct ○○!」の名前つきで褒めてくれます。
(このような仕組みに慣れていないので、日本人としてはちょっとてれます)

選択式の試験に合格して一月経つと次は実技が受けられます。
アメリカ人恐怖症の私はこれに行くのもすごく嫌で、なかなか受けに行きませんでした。

ある日、英語の上手な友達に一緒に行こうと誘われました。
私は、とにかく落ちるのが嫌だったので気が進みませんでした。

でも夫が、試験を受けるまでの手続きを経験するだけでも意味があるから一緒に行ってきたらと勧めるので、行くことにしました。

当然試験の順番は彼女が先!と私も彼女も思っていたのですが、何の手違いからか私が先になって慌ててしまいました‥

実技試験では自分の車を使います。そしてはじめにランプをつけたりワイパーを動かしたりの点検を行います。そんなことをよく知らない私は、黒人女性の試験官がなかなか乗り込まず、外で何か叫んでいることにすっかり動転してしまいました。

よく聞けば、単に窓をロールダウンして開けろといっているだけでした。
その後はハザードをつけろとか左折や右折のライトをつけろなど言われていることが分かり落ち着いてきました。

(後で試験を受けた友達はその様子を見ていたので、試験の手順がよく分かったそうです。
それは私が受けたかった恩恵だったのですが‥)

一通りの点検が済むと、いよいよ試験官が隣に乗り込み、公道へと車を走らせます。
試験官は乗り込むと早々にあくびをし始めました。そのせいで私の緊張も少しほぐれました。

友達に聞いた話では何人かの日本人の奥さんが試験官の指示の「左右」を聞き間違え、違うほうに曲がったら落ちてしまったという話を聞いていたので、試験官の指示は一つ一つ繰り返して確認しました。

車を走らせ始めるとすぐに住宅地の小道に入るように指示されました。
住宅地では制限速度が道に書いてなくても一定の速度以下で走らなければいけないと決まっていますので、速度にだけは気をつけました。

試験官はそのうち独り言のようになにやらつぶやき始めました。
どうやら道について説明しているらしいのですが、よく聞き取れません。

後で受けた友達も「つぶやいていたわよ!」って言ってました。

そうこうしているうちに今度は葬列に出会いました。葬列には割り込んではいけないのですが、そのときは反対車線で、彼らはまだ出発前だったので、そのまま通り過ぎました。
その間、試験官は私の方は全く見ず、一生懸命お葬式の人たちを見ていました。

そして道を突き当りまで行くとそのまま引き返し、試験は終了しました。
行きも帰りもお葬式に興味津々だった試験官は結局私を殆ど見ていなかったと思います。

DMVに帰ると、特に合格の知らせはなく、しばらくすると免許書用の写真を撮るために呼ばれました。そのとき初めて合格したことが分かりました。

こうして私は6年ぶり雪辱を晴らしました。もう試験はこりごりです。


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元教授の話の続き [アメリカ事情]

昨日お話した先生はほかにも恒常的なボランティア活動をいくつかなさっていました。

一つは私が習っていた無償の教会での英語教室(ESL)
もう一つは、聞いた時とても驚いたのですが‥

刑務所を出る青年の社会復帰のための足場としての下宿屋だそうです。

先生は名家の出身らしく、大きなお宅をお持ちなようで、
奥様がなくなって、寂しくなったお宅に賑やかさを取り戻すためと、
歳をとられて、健康に自信がなくなり、そばに人がいてくれたほうが良いと思い、
下宿屋のボランティアをしようと思われたそうです。

部屋に空きができると色々な下宿人希望者が面接に来るそうです。
下宿をしても良いかどうか決めるのは先生ではなく、先生の猫だそうです。
猫がその人を気に入れば下宿人決定となるそうです。
猫が気に入る人に悪い人はいないと言っていました。
常時4人程度の下宿人が先生のお宅にいるそうです。

ブラジル人の友達はとても信じられないという顔をしていましたが、
先生は社会復帰を助ける仕事はとても大切なことで生きがいを感じているようでした。

時々その下宿人についての話を私たち英語教室の生徒も聞きました。
その中には友達が知らないうちに車に置いていったドラッグを警察に見つけられ刑務所に入った青年もいたそうです。

そんな風に先生はみんなの話し相手や人生相談にものっていらしたのでしょう。
ボランティアをすることは当たり前のことで、自分が特別なことをしているという意識はないようでした。ボランティア意識の進んだ国ゆえ、このようなボランティアも発達するのでしょう。


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ハリケーンで思い出すこと [アメリカ事情]

アメリカでは強いハリケーンが上陸し勢いは衰えたものの、
テレビで放映されてる風や洪水の被害の様子がハリケーンのひどさを物語っています。
あんなに壊れてしまった家屋や浸水した家はこれから大変なのだろうなあといつも思います。

フロリダなどの南部の地方はハリケーンやトルネードなどの通り道になりやすく昨年も壊れた家の映像がよく流れていました。リタイヤ後の人々が住むという楽園的イメージとは程遠いものです。お年寄りも多いだろうにどうするのだろうか、と思います。

比較的アメリカの家屋は簡単に建築できるのですぐに再建できるのかもしれませんが‥
(本当にあっという間に建つんです。)

ところで、私のESLの先生は引退した大学教授で、旅が趣味でした。彼はキャンピングカーを持っていてよくその車で旅に出ていました。ある日、「サウスカロライナを通ってフロリダまで先週行ってきたんだ。」といっていました。先生のお宅はワシントンDC近郊ですから1000マイル(1600キロ)位ある距離です、おりしもハリケーン一過の時でした。

なぜそんな時に‥と思っていたら、彼は何と、食料を買い込み、お金を用意して、困っている人たちの援助に行ったとのことでした。被害の状況などを細かく話してくれました。

80歳過ぎのお年寄りが自ら車を運転し、遠くまで被災地にボランティアに出かけるなんて‥(私が娘だったら止めると思います)

彼は熱心なクリスチャンでよく、自分がこの世にいるということは自分にすることがあるからで、自分に何ができるかいつも亡くなった奥様や神様に聞いていると言っていました。

言うだけではなく、彼は実行していたんです。私にはとてもまねできそうにありませんが、歳をとってもそういう心持で暮らしたいと思いました。ハリケーンと聞くと今はその先生のことを思い出します。


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